<陛下>退位議論に「ショック」 宮内庁幹部「生き方否定」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170521-00000002-mai-pol

天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、昨年11月のヒアリングの際に保守系の専門家から「天皇祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」との強い不満を漏らされていたことが明らかになった。陛下の考えは宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えられた。
 陛下は、有識者会議の議論が一代限りで退位を実現する方向で進んでいたことについて「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」と語り、制度化を実現するよう求めた。「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」とも話していて、政府方針に不満を示したという。
 宮内庁関係者は「陛下はやるせない気持ちになっていた。陛下のやってこられた活動を知らないのか」と話す。
 ヒアリングでは、安倍晋三首相の意向を反映して対象に選ばれた平川祐弘東京大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授(故人)ら保守系の専門家が、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」などと発言。被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀(さいし)だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開した。陛下と個人的にも親しい関係者は「陛下に対して失礼だ」と話す。
 陛下の公務は、象徴天皇制を続けていくために不可欠な国民の理解と共感を得るため、皇后さまとともに試行錯誤しながら「全身全霊」(昨年8月のおことば)で作り上げたものだ。保守系の主張は陛下の公務を不可欠ではないと位置づけた。陛下の生き方を「全否定する内容」(宮内庁幹部)だったため、陛下は強い不満を感じたとみられる。
 宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとしたうえで、「陛下は抽象的に祈っているのではない。一人一人の国民と向き合っていることが、国民の安寧と平穏を祈ることの血肉となっている。この作業がなければ空虚な祈りでしかない」と説明する。
 陛下が、昨年8月に退位の意向がにじむおことばを表明したのは、憲法に規定された象徴天皇の意味を深く考え抜いた結果だ。被災地訪問など日々の公務と祈りによって、国民の理解と共感を新たにし続けなければ、天皇であり続けることはできないという強い思いがある。

祈っているだけでいいのなら、象徴テンノー制の否定だ。
祈りの行為だけでは、そのへんの宗教法人と変わらなくなる。
祈りに限られると、テンノーの国事行為を定めた日本国憲法が骨抜きにされてしまうし、国事行為から一歩出た公的な行為も全否定される。
かつて「人格否定」発言というものがあったが、今度は、象徴制の「全否定」であろうか。
テンノーが膝を屈するほど国民と視線を同じくして国民に寄りそっているから、どれだけ政治家が「東北でよかった」とか「土人」とか失言するほどアホでも、なんとなく許されるのである。
象徴テンノー制によってテンノーが国民に寄りそっていることになっていれば、いくら政治家が国民を痛めつけて地方を切り捨てても、まぁまぁ日本は良い国になるらしいのである。
政治家がアホすぎるのを補填しているわけではないだろうが、テンノーが国民に近づいて公的な行為をやることで、まぁ、それなりに日本は良い国になっているようなのだ。
テンノーが祈りだけやるようになれば、そのへんの宗教と変わらなくなり、そのうちテンノー制の存続が問題になってくるであろう。
テンノー制を存続させるために象徴テンノー制があるのに、テンノーの意向を無視するアベ一派らは、極めて悪質だ。
アベ一派がテンノーの意向をも無視するくらいだから、端から国民の意向を無視するに決まっているし、共謀罪みたいなトンデモ悪法の成立を狙うのも納得だ。
テンノーの意向を無視するくせして、アベの意向は忖度されて、アベのお友達に公有財産100億円をプレゼントしていいのか!
森友学園問題といい加計学園問題といい、合法的に酷いことをやるアベ政権を許したらあかん。
合法だけど法律を盾にして、法律を隠れ蓑にして、法匪と化したアベ一派の腐敗が正当化されようものなら、日本はおしまいだ。